長谷部を絶頂(うえ)まで連れてって
例えるならある種の死だ。荒い呼吸と沸き立つ血潮。全身を駆け巡るのは盛る筋肉ととろりとした油汗。一晩中物資を探して歩き回った後、馬に乗り本丸に帰陣しても、一度着火した滾りは治ることはない。自制、というものをそっくりそのまま戦場に忘れてきたように、大倶利伽羅は全身の性を持て余していた。
「なぜ逃げる」
小机を挟んで対峙する大倶利伽羅と長谷部の間に緊張が走る。遠征から帰るなり、長谷部が出迎えるより早く部屋に転がり込んだ大倶利伽羅は、事務仕事をする長谷部の体を突然に求めてきたのだ。なんとか家具を挟んで防衛しているが、もう時間の問題といっても良かった。
「違う、別に逃げてなどいない」
そう言いながらそろりともう一歩長谷部は後ろに下がった。逆光に浮かび上がる大倶利伽羅は瞳孔の開ききった目で長谷部を刺すように見つめている。
「じゃあなぜ俺に近寄らないのか」
「それは…お前がっ」
「俺が嫌いなのか?」
「違う」
「なら良いだろう」
大倶利伽羅は避け続ける長谷部の手首を掴むと一気に引き寄せた。カソックごと長谷部の体が浮き上がり、足元の小机が足先に絡んで横向きに傾いた。先ほどまで長谷部が向き合っていた書類や文房具なんかが一緒になって畳の上に散らばってしまうが構うことはない。壁際に追い込み、襟元に手をかけて顎先を捉えると、一文字に結ばれた唇に噛みつように吸い付いた。細く開いた隙間から舌を入れ込み、抵抗する舌先を引き出してやれば、長谷部が小さく鼻から息を吐く。
「やめろ…倶利伽羅…まだそんな時間じゃない…」
呼吸の合間を縫って絞り出すような声で長谷部は言うが大倶利伽羅の耳には届かない。それどころか長谷部が息を吐けば吐くほど、体温が上昇し、より一層求めるように長谷部の体に吸い付くように体を寄せた。倶利伽羅の足が長谷部の股座を押さえつけるようにすれば、嫌が応にも突起した性を感じてしまい、長谷部は頬を染めてしまう。
「おい、聞いてるのか…こんな所を誰かに見られでもしたら……」
赤く滲んだ大倶利伽羅のおくれ髪の背後には障子から漏れ出る朝日がくっきりと見えている。耳をすませば庭先で騒ぐ刀剣達の声が聞こえる。いくら本丸の奥にある長谷部の部屋とはいえ、鍵さえないのだ。いつ誰が来てもおかしくはない。
大倶利伽羅は答えるかわりに長谷部の左耳を指でさすった。半分浮かせたような、うっすらとした刺激に思わず艶めいた声が出そうになるのを慌てて飲み込んだ。それを知ってか知らずか、妙に柔らかい倶利伽羅の唇は、長谷部のそれを挟見込んだまま離そうとはしない。長谷部は手袋ごと拳を握った。掌の中はすでに汗にまみれてしまっている。
たたみ掛けるように倶利伽羅は空いた右手で器用にボタンを外してしまう。隙間から掌を滑り込ませ胸板をほぐすように撫で上げる。
「……良い加減にしろ倶利伽羅っ!」
長谷部は大倶利伽羅の手首を掴んで制止した。彼の指先は長谷部の敏感な突起をちょうどとらえたところで、うっすらと桃色に染まっていた。大倶利伽羅は一目しただけですぐに長谷部の手を振り払っい、黒い手袋に歯をかけてするりと外した。わざと深爪にした色黒の指先がちらついてしまい、長谷部は倶利伽羅に分からないよう唾を飲んだ。
「ここまでしておいて止めるのか? 」
倶利伽羅はわざとらしく腰を押し付けてくる。太ももの辺りにさらに硬いものを感じる。布越しからでも感じられるほど、倶利伽羅の腰元は溢れ出した先ばしりでじっとりと湿っていた。
「なんで…こんな…」
「一晩離れていたんだ。もう我慢したくない」
逃げようと思えば逃げられる状況だった。長谷部の体は土壁と倶利伽羅の体の間にぎゅっと挟まれていたけれど、少し身を捩れば抜け出すのは可能だ。けれども長谷部はそうはしなかった。
どちらともなく唇が重なった。
相変わらず朝日は明るく刀剣達の喧騒が聞こえてくるが二人には関係のないことだった。汗にまみれた指先で黒髪のくせ毛をぐしゃぐしゃに乱してしまう。指と指の間から、鉄砲の火薬の匂いが溢れ出す。倶利伽羅は上着を脱ぎ、続いてインナーシャツも脱ぎ去り丸めて畳の上に転げてしまう。どちらかといえば細身だが筋の盛った体の所々に粒のような汗をかいていた。同じようにして長谷部の服も慣れた手つきで剥がしてしまう。その間長谷部にできることといえば、潤みきった瞳で大倶利伽羅の鋭い瞼を見つめることだけだった。長い接吻のせいで溶けきってしまったせいで、体に全く力が入らない。服を脱ぐことにもはや羞恥はなかった。カマーバンドを外され、スラックスの隙間からするりとした細い指先が入り込んだと思うと、一直線に長谷部の後ろ穴を突き刺した。
「後ろ向いてくれ。ほぐすから」
大倶利伽羅は壁際の戸棚からクリームを取り出すと掌の上に絞り出した。すでに何度も体を重ねた場所だ。セックスで使う道具がどこにあるかなど聞かなくてもわかっていた。すでに長谷部はスラックスさえ脱ぎ去り壁にて手をつき尻をこちら側に突き出していた。好きにしろとばかりの格好だ。普段なら早急に事を成す事はないが、何しろ時間がない。大倶利伽羅は指先を十分に濡らし一気に指を二本を突っ込んだ。ゆっくり解すようなことはしない。回し入れた指の腹で少し硬くなった前立腺を押し込む。その瞬間、長谷部の足がガクガクと子鹿のように震えだした。半分勃起したやわい性器からだらりと汁が溢れた。
「んっ…あっあっ…!!や、めっ……」
長谷部の体がのけぞる。倶利伽羅は長谷部の口の中に左指を噛ませる。なおも右手は休みなく動いた。滑る指先を抜く頃には柔らかくなった穴からどろんとクリームが流れ出た。大倶利伽羅はファスナーを下げ血管の浮き上がったそれを入り口にあてがった。腰に少し力を入れれば、長谷部が倶利伽羅をすっぽりと飲み込んだ。
そこから先は断片的にしか覚えていない。
長谷部の体を支えたまま、力のかぎり腰を打ち付けた。口から呼吸でも言葉でもない喘ぎを漏らしながら、腰くだけになった長谷部の白い肌を見ていた。揺れる視界。足元には、どちらが零したのかさえわからない透明な液体が畳をべっとりと汚していた。
「倶利伽羅、倶利伽羅…倶利伽羅……」
長谷部の喘ぎは絶頂に近づくごとに大きくなった。長谷部の声を聞くたびに、溜め込んだ血潮が小さく爆破を繰り返す。噴火する血液。大倶利伽羅は息を止める。そうしなければ、潤った口元からとめどなく涎が垂れてしまうからだ。射精は長かった。全身を震わせながらようやく出し切ったと思うと、途端に体から力が抜けてしまう。倶利伽羅は長谷部の尻から性器を抜き取ると同時に畳の上に仰向けに倒れ込んでしまった。
「勘弁してくれ。誰が掃除すると思っているんだ」
長谷部は散らかった服達をかき集めながら口を尖らせた。突然の性行為の性で部屋は泥棒が入った後のように汚れているし、互いの服もすっかり湿りきって使い物にならなかった。
「長谷部…」
倶利伽羅は目を閉じたまま長谷部を呼んだ。
「何だ」
「夜もう一回しよう」
「おい、一体何を……」
長谷部がそう聞き返せば返事の代わりに大倶利伽羅の規則正しい寝息が聞こえてきた。長谷部はため息をつくと、押入れから掛け布団をとりだし、裸のままの倶利伽羅の体にそっとかけてやった。