そろそろ夏の気配がし始めるニューヨークの一角で、電話のコール音が鳴り響く。
「フジイ、電話だぞ。」
「はいはーい、今出ますよー……ってか誰だよこんな夜中に。」
赤毛の恋人とテレビを見ていた部屋の主……日系でなく、日本人としては結構な長身の男が、5コールもしないうちにカチャリと電話を取る。
「……ハロー?」
『ハロー、ダーリン?』
受話器の向こうから、明らかにからかうような響きで蜜言が聞こえてきた。
一瞬、ギョッとして周囲を見る。愛しの彼の視線は、テレビに向いたままだ。ちなみに見ているのはケーブルTVで放送されている頭が2つ程あるサメの映画。
もし彼が電話を取っていたら……と考えて背筋に寒気が走る。
「お前……ユージだろ、いきなり何言ってんだよ。」
咎めるような声に対して、受話器の向こうからはニシシ……と悪戯が上手くいったかのような笑い声が漏れたのが聞こえて、キュウ、と思わず眉間に皺が寄る。
「てめぇなぁ……それに時間考えろよ。」
「あんだよ、嘘は吐いてねぇだろ?それに、このくらいの時間ならお前さんなら起きてるだろうしな。」
「嘘じゃねぇけど10年以上前の話だろうが。ったく……まあ、久しぶりだな。」
電話の向こうの相手にこれ以上眉間に皺を寄せても意味がない。特にコイツには……
その事を思い出して、ため息混じりに言葉を吐き出せば、向こうも笑いを潜めて言葉を返してきた。
「おう、電話したのはどんだけぶりだっけか……3年くらいか?サクヤに電話番号聞き直してなかったら繋がってなかったな。」
「あぁ、そう言えばそっちに言ってなかったな。あの後一回引っ越したんだよ……で、どうかしたのか?」
「や、今度そっち(アメリカ)に行く事になってな、そう言えばお前さんもアメリカに居たなと思って。」
「へぇ、こっち来るのか……で、どっちだ。西海岸?東海岸?」
「サンフランシスコ。」
「じゃあ大陸の反対側だな。」
「へぇ、そうなのか……地図なんて覚えてねぇからサッパリだわ。」
顔を見なくなって15年、声を聞いたのも3年前だが、その時と殆ど変わらないあっけらかんとした声に、思わずプッと吹き出す。
そうそう、こんな奴だった……と。
「相変わらずだなあ。」
そう告げると、電話の向こうの声は少し拗ねたような声色へと変わる。まあ、それもすぐに元に戻るのも相変わらずだ。
「あんだよ、別に良いだろう? まあ、近くまで来ることがあったら遊ぼうぜぇ?
日本食レストランの手伝いすることになってるから、食いに来てくれてもいいし。」
「ああ、そりゃ楽しみだ……元気か、ユージ。」
溢れた笑みと共に、なんとなく口から出た問いかけに、電話の向こうから疑問符が聞こえる。
「……ぁん?そりゃ元気だが……急にどうしたよ。」
「いや、久しぶりだなって思ってさ。」
「そうかい?……じゃあ、お前さんは元気か?まあ、お前さんならもう彼氏の一人でも作ってそうだけど?」
一瞬訝しむような声も、すぐにこちらをからかってくるような声音に変える相手の言葉に、チラリと視線がソファに動く。
「……うん。赤毛のでっかい子猫をね。」
その言葉に反応したのか、単なる偶然か、テレビに向いていた彼の視線がこちらを向いた。というよりは、ジロリと睨まれている気もする。
子猫と呼ばれた事に気付いたのだろうか、思わず口元に苦笑いを浮かべていると,電話口からアイツが言い当てるように言葉を投げてきた。
「……ツン、と澄ました感じの?」
サメの映画から視線を外して俺をジトッと見つめる目を見返しながら、言葉を続ける。
「そうだな。普段は無愛想で……」
「猫柄エプロン付けるとネコが横にはち切れそうな?」
一瞬、受話器を取り落としそうになった。急な俺の不審な動きを見てか、彼の睨むような視線が少しの間訝しげなものに変わる。
その背後では、頭の2つあるサメが人に襲いかかるシーンが誰に見られる事無く流れていく。
「……なんでわかった?」
「アキラが分かりやすいだけさな。」
クツクツと、喉を鳴らすような笑い声が聞こえる。なんだか15年前に戻ったような気分になって、くはっ、と笑みが漏れた。
そうだった、コイツは正真正銘の「Witch(魔女)」だったと思い出す。
日本人だが、魔女の祖母からみっちりと魔女術の修行を受けた本物で、占いも薬草の扱いもお手の物。
たまにこうやってまるで心を読んだように見透かした言葉を口にしてくるのだ。
「ったくかなわねぇなあゆーじにはぁ。」
ちょっと甘ったるくなっちまった言葉……それにこっちを見る彼の視線が改めて鋭くなった気がするのは、気のせいでないと嬉しい。
「そりゃあ、これでも魔女の端くれなんでねぇ……。」
このくらいは、な?なんて答えるアイツに……ふと、良いことを思いつく。
「じゃあ、その端くれを見込んでちょっと頼みがあるんだ。日本からだと税金がかかっちまうけど同じUSAなら……」
「……ツンツンした子猫ちゃんに、たまには素直になってほしい、と?」
言い切る前に、察したようなニヤニヤした声を被せられると、思わず誰にともなく言い訳をしたくなる。
違う、コイツが特殊なんだ、決して俺が分かりやすいんじゃない。……多分。
まあ、同じ部屋に彼が居るわけだし、皆まで言わずとも分かってくれたのは都合が良いのだが。
確かアイツのハーブティーのレパートリーには「良い感じに盛り上がれる」ようなのもあったはずで……それが欲しいのだ。
「……ま、そーゆーこった。」
上手く効けばよし、そうでなければないで、会話のネタにでもすれば良い。「この変態!」と罵られる気はするが……。
「オーライ、暇つぶしに調合しといてやるさな。……それに、お前さんが変態なのは今に始まったわけでなし。」
「サンキュ……っておいぃっ!」
やっぱりコイツ、俺の心読んでるんじゃねぇか、と思ったのも束の間。
「にしし……じゃ、またな。」
そう言って、ガチャリと電話が切れてしまった。
すると、こちらをじっと見ていた愛しい「赤毛のでっかい子猫ちゃん」が口を開く。こちらを睨んだまま……。
一方、電話をカチャン、と切った側……緩く癖のついた淡い茶髪に、甘めの濃茶色の瞳を眠たげに、愉しげに細めた小柄な男に向けても、声を投げる者が居た。
4分の1程の祖父の血が色濃く出た、黒みの強い褐色の肌と豪快な長身……電話をしていたオッサン達の半分少し程の年齢だろう青年が、奇しくも赤毛の彼と同じ言葉を
紡いだのだ。
『今の電話、誰と話してたんだ?』
そんな言葉を投げられて、電話をしていた愉快犯二人の口元がニィッと笑みを浮かべる。そうして、ワザとこう答えるのだ。
『……元彼?』
その後、彼らがどうなったかは……また、別の機会に。
「フジイ、電話だぞ。」
「はいはーい、今出ますよー……ってか誰だよこんな夜中に。」
赤毛の恋人とテレビを見ていた部屋の主……日系でなく、日本人としては結構な長身の男が、5コールもしないうちにカチャリと電話を取る。
「……ハロー?」
『ハロー、ダーリン?』
受話器の向こうから、明らかにからかうような響きで蜜言が聞こえてきた。
一瞬、ギョッとして周囲を見る。愛しの彼の視線は、テレビに向いたままだ。ちなみに見ているのはケーブルTVで放送されている頭が2つ程あるサメの映画。
もし彼が電話を取っていたら……と考えて背筋に寒気が走る。
「お前……ユージだろ、いきなり何言ってんだよ。」
咎めるような声に対して、受話器の向こうからはニシシ……と悪戯が上手くいったかのような笑い声が漏れたのが聞こえて、キュウ、と思わず眉間に皺が寄る。
「てめぇなぁ……それに時間考えろよ。」
「あんだよ、嘘は吐いてねぇだろ?それに、このくらいの時間ならお前さんなら起きてるだろうしな。」
「嘘じゃねぇけど10年以上前の話だろうが。ったく……まあ、久しぶりだな。」
電話の向こうの相手にこれ以上眉間に皺を寄せても意味がない。特にコイツには……
その事を思い出して、ため息混じりに言葉を吐き出せば、向こうも笑いを潜めて言葉を返してきた。
「おう、電話したのはどんだけぶりだっけか……3年くらいか?サクヤに電話番号聞き直してなかったら繋がってなかったな。」
「あぁ、そう言えばそっちに言ってなかったな。あの後一回引っ越したんだよ……で、どうかしたのか?」
「や、今度そっち(アメリカ)に行く事になってな、そう言えばお前さんもアメリカに居たなと思って。」
「へぇ、こっち来るのか……で、どっちだ。西海岸?東海岸?」
「サンフランシスコ。」
「じゃあ大陸の反対側だな。」
「へぇ、そうなのか……地図なんて覚えてねぇからサッパリだわ。」
顔を見なくなって15年、声を聞いたのも3年前だが、その時と殆ど変わらないあっけらかんとした声に、思わずプッと吹き出す。
そうそう、こんな奴だった……と。
「相変わらずだなあ。」
そう告げると、電話の向こうの声は少し拗ねたような声色へと変わる。まあ、それもすぐに元に戻るのも相変わらずだ。
「あんだよ、別に良いだろう? まあ、近くまで来ることがあったら遊ぼうぜぇ?
日本食レストランの手伝いすることになってるから、食いに来てくれてもいいし。」
「ああ、そりゃ楽しみだ……元気か、ユージ。」
溢れた笑みと共に、なんとなく口から出た問いかけに、電話の向こうから疑問符が聞こえる。
「……ぁん?そりゃ元気だが……急にどうしたよ。」
「いや、久しぶりだなって思ってさ。」
「そうかい?……じゃあ、お前さんは元気か?まあ、お前さんならもう彼氏の一人でも作ってそうだけど?」
一瞬訝しむような声も、すぐにこちらをからかってくるような声音に変える相手の言葉に、チラリと視線がソファに動く。
「……うん。赤毛のでっかい子猫をね。」
その言葉に反応したのか、単なる偶然か、テレビに向いていた彼の視線がこちらを向いた。というよりは、ジロリと睨まれている気もする。
子猫と呼ばれた事に気付いたのだろうか、思わず口元に苦笑いを浮かべていると,電話口からアイツが言い当てるように言葉を投げてきた。
「……ツン、と澄ました感じの?」
サメの映画から視線を外して俺をジトッと見つめる目を見返しながら、言葉を続ける。
「そうだな。普段は無愛想で……」
「猫柄エプロン付けるとネコが横にはち切れそうな?」
一瞬、受話器を取り落としそうになった。急な俺の不審な動きを見てか、彼の睨むような視線が少しの間訝しげなものに変わる。
その背後では、頭の2つあるサメが人に襲いかかるシーンが誰に見られる事無く流れていく。
「……なんでわかった?」
「アキラが分かりやすいだけさな。」
クツクツと、喉を鳴らすような笑い声が聞こえる。なんだか15年前に戻ったような気分になって、くはっ、と笑みが漏れた。
そうだった、コイツは正真正銘の「Witch(魔女)」だったと思い出す。
日本人だが、魔女の祖母からみっちりと魔女術の修行を受けた本物で、占いも薬草の扱いもお手の物。
たまにこうやってまるで心を読んだように見透かした言葉を口にしてくるのだ。
「ったくかなわねぇなあゆーじにはぁ。」
ちょっと甘ったるくなっちまった言葉……それにこっちを見る彼の視線が改めて鋭くなった気がするのは、気のせいでないと嬉しい。
「そりゃあ、これでも魔女の端くれなんでねぇ……。」
このくらいは、な?なんて答えるアイツに……ふと、良いことを思いつく。
「じゃあ、その端くれを見込んでちょっと頼みがあるんだ。日本からだと税金がかかっちまうけど同じUSAなら……」
「……ツンツンした子猫ちゃんに、たまには素直になってほしい、と?」
言い切る前に、察したようなニヤニヤした声を被せられると、思わず誰にともなく言い訳をしたくなる。
違う、コイツが特殊なんだ、決して俺が分かりやすいんじゃない。……多分。
まあ、同じ部屋に彼が居るわけだし、皆まで言わずとも分かってくれたのは都合が良いのだが。
確かアイツのハーブティーのレパートリーには「良い感じに盛り上がれる」ようなのもあったはずで……それが欲しいのだ。
「……ま、そーゆーこった。」
上手く効けばよし、そうでなければないで、会話のネタにでもすれば良い。「この変態!」と罵られる気はするが……。
「オーライ、暇つぶしに調合しといてやるさな。……それに、お前さんが変態なのは今に始まったわけでなし。」
「サンキュ……っておいぃっ!」
やっぱりコイツ、俺の心読んでるんじゃねぇか、と思ったのも束の間。
「にしし……じゃ、またな。」
そう言って、ガチャリと電話が切れてしまった。
すると、こちらをじっと見ていた愛しい「赤毛のでっかい子猫ちゃん」が口を開く。こちらを睨んだまま……。
一方、電話をカチャン、と切った側……緩く癖のついた淡い茶髪に、甘めの濃茶色の瞳を眠たげに、愉しげに細めた小柄な男に向けても、声を投げる者が居た。
4分の1程の祖父の血が色濃く出た、黒みの強い褐色の肌と豪快な長身……電話をしていたオッサン達の半分少し程の年齢だろう青年が、奇しくも赤毛の彼と同じ言葉を
紡いだのだ。
『今の電話、誰と話してたんだ?』
そんな言葉を投げられて、電話をしていた愉快犯二人の口元がニィッと笑みを浮かべる。そうして、ワザとこう答えるのだ。
『……元彼?』
その後、彼らがどうなったかは……また、別の機会に。
リク
2015-08-12 07:26:48
そしてやってくるあのお茶……w
by い~ぐる 2015-08-12 11:10:20