飲まねばやっていられない。
開口一番にそう言った坂城の話を、宇野はまず聞き続けた。
要するに、またぞろ女と喧嘩をしたのだと言う。
宇野は、そうか、と返しながら酒を呷った。
彼の目の前では、まるで腹に毒虫でもいるかのような形相の坂城がいた。
宇野と坂城は幼馴染であり、深く友誼を交わす間柄である。
学友の時を終え、互いに仕事に就いたとしてもそれは変わりなかった。
小金を持つようになり、二人は時折こうして酒を酌み交わすのだ。
誘うのは、いつも坂城からという決まりであった。
坂城は女の悪口を吐き出しながら、怒りが頂点になると酒を流し込んだ。
その強さに当てられて、いささか落ち着くとまた同じように文句を言う。
延々と繰り返す様は実に愚かしいのだが、これこそが坂城なのだ、と宇野は思う。
宇野は適当に相槌を打ちながら、話半分で酒を飲み続けた。
お気に入りの切子グラスは、安酒さえも心地よい味にしてくれるお気に入りなのだが、
残念なことに飲み交わす相手が悪い。
宇野にとって、愚痴を吐露し続ける坂城は酒を不味くする害悪であった。
だからこそ、いつも自宅に招き飲むのだ。
この男を外で飲ませるとろくなことにならぬ、とは酒を始めて早々に理解していた。
飲まねばやっていられまい。
そう言って誘った坂城であったが、そう思うのは宇野の方である。
宇野は半端に聞き続けていたが、やはり聞くほどの内容ではないのだった。
何せこの男、話の内容がなんと先月と変わりないのである。
そんな変化もなく罵り続けるだけの相手なら別れればよかろうに。
宇野は心底、そう思うのだが言うだけ無駄だ。
この男、文句を言う割に長持ちなのだ。
宇野にとってはどうでもよいことだが、交際期間はもうじき四年を数えるはずである。
それだけ一緒にいて変わらぬのなら、お互いもはや救いがないのではないか。
言っても意味がないので言わないが、宇野にとってそれが真実であった。
夫婦喧嘩は犬も食わぬのだ。
結局、坂城は浴びるほどの酒を飲んだ――わけではなく、グラス三杯ほどの焼酎で前後不覚となり、倒れ伏した。
図体のでかいこの男を運ぶのは困難なので、上に毛布をかけて放置した。
阿呆のような顔で眠る幼馴染を見下ろし、別れろ、ともう一度吐き捨てる。
宇野にとって相手の女はどうでもよい。
ただ気持ちよく酒を飲ませる気遣いもできぬのなら、好意的に思えもしない。
どれだけの酒と時間が無駄になったやら、考えるも腹立たしい。
坂城はこれからどうなるのだろうか。
いい歳の男に忠言など必要ない。
どう生きようとこの男の自由であると宇野は思う。
己が伴侶を要らぬと思うように、この男にも考えがあるだろう。
宇野は床に寝転んだ。
寝床はあるが、そんな気分ではなかった。
宇野にも昔、交際する女性がいた。
だが一年と持たなかった。
宇野自身、自覚しているが拘束されることが忌まわしかったのである。
人並みの努力はしたつもりだが、宇野は駄目だった。
道理も論理もない相手に対し、ひたすらに憎しみが募る一方であった。
愛着を振り切って別れたが、悲しみもあったがそれ以上に落ち着いたのを覚えている。
きっと、こんなものは自分だけなのだと宇野は思った。
坂城はこんなことを思うまいと考えると、酷く自分が惨めになった。
彼は自分とは違う。
女子供と戯れ、それを本心から楽しめる悪童の心を持った男だ。
俺では到底、そうはなれぬ。
何かそういうものが、心に足りておらぬのだ。
それはきっと、俺自身が子供の心のまま、図体ばかりが大きくなったせいだろう。
宇野はいつも、空しいと感じ、そして己の幼稚さを恥じる。
俺はどうして坂城のように、余裕を持って大人のように振舞えぬのか。
誰もが宇野と坂城を見比べ、宇野が優れているとはやし立てた。
だが宇野はわかっていた。
本当に、人間らしくいるのは坂城の方である。
そんな考えを振り切るように、宇野は起き上がり酒を呷った。
宇野は最後まで、坂城に相談をしなかった。
自分もそうしていれば、まだ彼女と縁があったのだろうか。
未練以上に、自分が変わりたいという浅ましい願いがそこにはあった。
過去の女を題目に挙げながら、求めているのは利己的なものだった。
気づいてしまう自分が実に憎らしかった。
宇野は酒を注ぎ足した。
なみなみ注がれた切子グラスの焼酎に、宇野は躊躇いもなく口をつけた。
弱く、愚かで、狡猾な自分を消し去るために。
酒気が喉を焼き、ひりひりと痛む喉を、毒のような香りが突き抜ける。
ああ、なんと生きにくい性分なのか。
宇野は思った。
飲まねばやっていられない。
開口一番にそう言った坂城の話を、宇野はまず聞き続けた。
要するに、またぞろ女と喧嘩をしたのだと言う。
宇野は、そうか、と返しながら酒を呷った。
彼の目の前では、まるで腹に毒虫でもいるかのような形相の坂城がいた。
宇野と坂城は幼馴染であり、深く友誼を交わす間柄である。
学友の時を終え、互いに仕事に就いたとしてもそれは変わりなかった。
小金を持つようになり、二人は時折こうして酒を酌み交わすのだ。
誘うのは、いつも坂城からという決まりであった。
坂城は女の悪口を吐き出しながら、怒りが頂点になると酒を流し込んだ。
その強さに当てられて、いささか落ち着くとまた同じように文句を言う。
延々と繰り返す様は実に愚かしいのだが、これこそが坂城なのだ、と宇野は思う。
宇野は適当に相槌を打ちながら、話半分で酒を飲み続けた。
お気に入りの切子グラスは、安酒さえも心地よい味にしてくれるお気に入りなのだが、
残念なことに飲み交わす相手が悪い。
宇野にとって、愚痴を吐露し続ける坂城は酒を不味くする害悪であった。
だからこそ、いつも自宅に招き飲むのだ。
この男を外で飲ませるとろくなことにならぬ、とは酒を始めて早々に理解していた。
飲まねばやっていられまい。
そう言って誘った坂城であったが、そう思うのは宇野の方である。
宇野は半端に聞き続けていたが、やはり聞くほどの内容ではないのだった。
何せこの男、話の内容がなんと先月と変わりないのである。
そんな変化もなく罵り続けるだけの相手なら別れればよかろうに。
宇野は心底、そう思うのだが言うだけ無駄だ。
この男、文句を言う割に長持ちなのだ。
宇野にとってはどうでもよいことだが、交際期間はもうじき四年を数えるはずである。
それだけ一緒にいて変わらぬのなら、お互いもはや救いがないのではないか。
言っても意味がないので言わないが、宇野にとってそれが真実であった。
夫婦喧嘩は犬も食わぬのだ。
結局、坂城は浴びるほどの酒を飲んだ――わけではなく、グラス三杯ほどの焼酎で前後不覚となり、倒れ伏した。
図体のでかいこの男を運ぶのは困難なので、上に毛布をかけて放置した。
阿呆のような顔で眠る幼馴染を見下ろし、別れろ、ともう一度吐き捨てる。
宇野にとって相手の女はどうでもよい。
ただ気持ちよく酒を飲ませる気遣いもできぬのなら、好意的に思えもしない。
どれだけの酒と時間が無駄になったやら、考えるも腹立たしい。
坂城はこれからどうなるのだろうか。
いい歳の男に忠言など必要ない。
どう生きようとこの男の自由であると宇野は思う。
己が伴侶を要らぬと思うように、この男にも考えがあるだろう。
宇野は床に寝転んだ。
寝床はあるが、そんな気分ではなかった。
宇野にも昔、交際する女性がいた。
だが一年と持たなかった。
宇野自身、自覚しているが拘束されることが忌まわしかったのである。
人並みの努力はしたつもりだが、宇野は駄目だった。
道理も論理もない相手に対し、ひたすらに憎しみが募る一方であった。
愛着を振り切って別れたが、悲しみもあったがそれ以上に落ち着いたのを覚えている。
きっと、こんなものは自分だけなのだと宇野は思った。
坂城はこんなことを思うまいと考えると、酷く自分が惨めになった。
彼は自分とは違う。
女子供と戯れ、それを本心から楽しめる悪童の心を持った男だ。
俺では到底、そうはなれぬ。
何かそういうものが、心に足りておらぬのだ。
それはきっと、俺自身が子供の心のまま、図体ばかりが大きくなったせいだろう。
宇野はいつも、空しいと感じ、そして己の幼稚さを恥じる。
俺はどうして坂城のように、余裕を持って大人のように振舞えぬのか。
誰もが宇野と坂城を見比べ、宇野が優れているとはやし立てた。
だが宇野はわかっていた。
本当に、人間らしくいるのは坂城の方である。
そんな考えを振り切るように、宇野は起き上がり酒を呷った。
宇野は最後まで、坂城に相談をしなかった。
自分もそうしていれば、まだ彼女と縁があったのだろうか。
未練以上に、自分が変わりたいという浅ましい願いがそこにはあった。
過去の女を題目に挙げながら、求めているのは利己的なものだった。
気づいてしまう自分が実に憎らしかった。
宇野は酒を注ぎ足した。
なみなみ注がれた切子グラスの焼酎に、宇野は躊躇いもなく口をつけた。
弱く、愚かで、狡猾な自分を消し去るために。
酒気が喉を焼き、ひりひりと痛む喉を、毒のような香りが突き抜ける。
ああ、なんと生きにくい性分なのか。
宇野は思った。
飲まねばやっていられない。