パンツ
コトが終わってベッドの上。いちいち離れるのすらおっくうで、だらんと体を投げ出したまま、黙ってよりそい横たわる。互いの息の音、心臓の鼓動。肉と骨の動きに耳をすます。汗や涎やその他もろもろの体液で濡れた肌が呼び合い触れ合い、ひっつくのに任せる……湯上がりにも似た気怠さに浸って。
全力を出し切って、いや限界も忘れて貪り合った後だ。ぐってり伸びて、口を動かすのも声を出すのもかったるい。
若い頃はとにかく、終わるなり離れて背を向けてたもんだが(動くだけの体力が残ってたんだな)……
今はこのひとときもまんざら悪くない。好き合った相手となら、むしろ心地よい。
あお向けになった肩と胸に、ごっつい傷だらけの背中がもたれかかってる。汗に濡れて乱れた赤い髪に指をつっこみ、なで回す。
「ん……」
鼻を鳴らすが嫌がるそぶりはない。
『動くのがめんどくさいから、触らせてやるよ……』
そう言われた気がした。
(はい、ありがとさん)
毛並にそってなでる。指の間をすり抜ける髪の手ざわりがくすぐったい。生え際の肌と髪色のコントラストがたまらない。かきあげて見入ってたら、残念! 首をひねって、逃げられた。(それでも体は離れないんだな)
肩をすくめて視線を転じ、脱ぎ捨てた服を探す。幸い、上着はベッド脇のサイドボードにひっかかっていた。
腕を伸ばすと胸の上で不満げな唸り声が上がる。『逃げるな、枕』とでも言わんばかりに。(素直なんだか、意地っ張りなんだか)ポケットをまさぐり、手早く煙草の箱とライターを抜き取った。
それにしても毎度毎度、よくもまあこれだけ着てたものが散乱するもんだ。シャツも、靴下も。ズボンも。
さぁて、さしあたって最初に履くモノはどこだ?
腕を回して抱き合って、ところ構わず舐め回しつつ、足の指でひっぱり下ろした記憶がかすかに残ってる。彼も自分から足を捌いて足首から抜き取るのに協力してくれた……でも片足だけだ。(まさか、まだ、あそこにひっかかってるんじゃないよな?)
足首をつかんだ時の感触では、余計なもんはついてなかった、気がする。
煙草一本、箱からくわえ取る。その動きに乗せてそれなく見回す。
ああ。
あった。
床の上に、うずくまる鳩みたいにくしゃくしゃになって落ちてた。
よし、すっきりした。
安心してライターを開ける。カキっと鋭い金属音を聞きつけたか、寄りかかるでっかい子猫が身じろぎする。が、起きる気配は無い。
必要最小限の動きを心がけつつ着火。口元に寄せ、静かに息を吸いながら、歯で挟んで固定した煙草に火を点す。
……と。
枕の上に残した箱に、にゅうっとぶっとい手が伸びる。
「一本もらうぞ」
「おう」
わざわざライターをさし出すような野暮は無し。くわえた煙草の先っちょと先っちょを触れ合わせて火を移す。寄せた顔と顔の間にたちのぼる煙が、一筋増える。(ただようにおいは同じ)
最初に会った時も、こうやって火をもらった。その後、別の物もくっつけて燃え上がった。
火に狙いを定めていた目線を転じ、顔を上げたらこっちをじぃっと見つめる鳶色の瞳とぶつかった。(見てたんだ)
どうやら同じ記憶をたどっていたらしい。思わず知らず口元がゆるむ。
それなのにつれないよ、子猫ちゃん。ぷいと顔を背けちまうなんて……(ただし、耳はこっちを向いてるな)でもそれじゃ物足りない。俺は君の顔が見たいんだよ、ヴィヴィ。
「……パンツ」
「は?」
「パンツに性格って、出るよな」
効果てきめん。体を捻ってこっちを見てくれた。(目一杯呆れた顔してるが)
「たとえば君だ。いつだって実用一点張り。飾りっけも無いしブランドにもこだわらない」
「それがどーした」
「俺に見せるってわかってる時も同じだ。特にめかし込む訳でもない。清潔であればそれでいい。ちがうか?」
「……つまらない、とでも?」
お、目が動いたぞ。(それでいい)
「いや?」
口をヘの字に曲げてにらみつける、子猫ちゃんの顔にふーっとひと息。唇をすぼめて甘い煙を吹きかける。
「君らしいなって、思ってさ」
「……ふん」
太い眉をひそめて歯を食いしばり、仕上げに目元をほんのりピンクに染めて、ぷいとそっぽを向く。
はい、拗ね顔、いただきました。
くしゃくしゃの赤毛の間に伏せられた、子猫の耳の幻がちらつく。煙草をくわえる分厚い唇が、とんがってるように見えるのは気のせいか?
満足したからそれ以上は追求せず、ひっついたまんま一本ずつ吹かした。
服を着る時、何となくお互いのパンツに目が行ったのはご愛嬌。
(パンツ/了)
コトが終わってベッドの上。いちいち離れるのすらおっくうで、だらんと体を投げ出したまま、黙ってよりそい横たわる。互いの息の音、心臓の鼓動。肉と骨の動きに耳をすます。汗や涎やその他もろもろの体液で濡れた肌が呼び合い触れ合い、ひっつくのに任せる……湯上がりにも似た気怠さに浸って。
全力を出し切って、いや限界も忘れて貪り合った後だ。ぐってり伸びて、口を動かすのも声を出すのもかったるい。
若い頃はとにかく、終わるなり離れて背を向けてたもんだが(動くだけの体力が残ってたんだな)……
今はこのひとときもまんざら悪くない。好き合った相手となら、むしろ心地よい。
あお向けになった肩と胸に、ごっつい傷だらけの背中がもたれかかってる。汗に濡れて乱れた赤い髪に指をつっこみ、なで回す。
「ん……」
鼻を鳴らすが嫌がるそぶりはない。
『動くのがめんどくさいから、触らせてやるよ……』
そう言われた気がした。
(はい、ありがとさん)
毛並にそってなでる。指の間をすり抜ける髪の手ざわりがくすぐったい。生え際の肌と髪色のコントラストがたまらない。かきあげて見入ってたら、残念! 首をひねって、逃げられた。(それでも体は離れないんだな)
肩をすくめて視線を転じ、脱ぎ捨てた服を探す。幸い、上着はベッド脇のサイドボードにひっかかっていた。
腕を伸ばすと胸の上で不満げな唸り声が上がる。『逃げるな、枕』とでも言わんばかりに。(素直なんだか、意地っ張りなんだか)ポケットをまさぐり、手早く煙草の箱とライターを抜き取った。
それにしても毎度毎度、よくもまあこれだけ着てたものが散乱するもんだ。シャツも、靴下も。ズボンも。
さぁて、さしあたって最初に履くモノはどこだ?
腕を回して抱き合って、ところ構わず舐め回しつつ、足の指でひっぱり下ろした記憶がかすかに残ってる。彼も自分から足を捌いて足首から抜き取るのに協力してくれた……でも片足だけだ。(まさか、まだ、あそこにひっかかってるんじゃないよな?)
足首をつかんだ時の感触では、余計なもんはついてなかった、気がする。
煙草一本、箱からくわえ取る。その動きに乗せてそれなく見回す。
ああ。
あった。
床の上に、うずくまる鳩みたいにくしゃくしゃになって落ちてた。
よし、すっきりした。
安心してライターを開ける。カキっと鋭い金属音を聞きつけたか、寄りかかるでっかい子猫が身じろぎする。が、起きる気配は無い。
必要最小限の動きを心がけつつ着火。口元に寄せ、静かに息を吸いながら、歯で挟んで固定した煙草に火を点す。
……と。
枕の上に残した箱に、にゅうっとぶっとい手が伸びる。
「一本もらうぞ」
「おう」
わざわざライターをさし出すような野暮は無し。くわえた煙草の先っちょと先っちょを触れ合わせて火を移す。寄せた顔と顔の間にたちのぼる煙が、一筋増える。(ただようにおいは同じ)
最初に会った時も、こうやって火をもらった。その後、別の物もくっつけて燃え上がった。
火に狙いを定めていた目線を転じ、顔を上げたらこっちをじぃっと見つめる鳶色の瞳とぶつかった。(見てたんだ)
どうやら同じ記憶をたどっていたらしい。思わず知らず口元がゆるむ。
それなのにつれないよ、子猫ちゃん。ぷいと顔を背けちまうなんて……(ただし、耳はこっちを向いてるな)でもそれじゃ物足りない。俺は君の顔が見たいんだよ、ヴィヴィ。
「……パンツ」
「は?」
「パンツに性格って、出るよな」
効果てきめん。体を捻ってこっちを見てくれた。(目一杯呆れた顔してるが)
「たとえば君だ。いつだって実用一点張り。飾りっけも無いしブランドにもこだわらない」
「それがどーした」
「俺に見せるってわかってる時も同じだ。特にめかし込む訳でもない。清潔であればそれでいい。ちがうか?」
「……つまらない、とでも?」
お、目が動いたぞ。(それでいい)
「いや?」
口をヘの字に曲げてにらみつける、子猫ちゃんの顔にふーっとひと息。唇をすぼめて甘い煙を吹きかける。
「君らしいなって、思ってさ」
「……ふん」
太い眉をひそめて歯を食いしばり、仕上げに目元をほんのりピンクに染めて、ぷいとそっぽを向く。
はい、拗ね顔、いただきました。
くしゃくしゃの赤毛の間に伏せられた、子猫の耳の幻がちらつく。煙草をくわえる分厚い唇が、とんがってるように見えるのは気のせいか?
満足したからそれ以上は追求せず、ひっついたまんま一本ずつ吹かした。
服を着る時、何となくお互いのパンツに目が行ったのはご愛嬌。
(パンツ/了)
猫写真
猫が寝てたらどうする? 傍らにぴったりよりそって、無防備な姿で気持ちよさそうに寝ていたら?
することは一つだ。(そうだろ?)
まぶたを開ければ白い朝日。カーテン越しにうっすらクリーム色を帯びて、見慣れた部屋に満ちる。傍らには、でっかいどっしりした体の温もり。赤毛の子猫はすっぽり毛布に包まって、うつ伏せになって寝てる。
(ちょーっとがっつき過ぎたかなあ)
くしゃくしゃに乱れた髪のすき間、うなじの傷跡に沿って赤い花びらが点々と散っている。俺が吸った痕だ。噛んだ痕だ。イく時に声を殺すふりして思いっきり噛みついた。(これ、しばらく消えないだろうな)
シャツのボタン、一番上まで閉めとけば見えないだろうか……いやあ、こいつは割とギリギリだ。見えないように、とか。見えたらやばい、とか。そんな細やかな心遣いはきれいに吹っ飛ばしていた。
柄にも無く乱れまくって甘えまくった反動か、ヴィヴィちゃんは力を使い果たしてぐっすり眠ってる。
ヤりすぎたかな、と心配になったがやつれた気配は無いし、お肌もつやっつや、実に気持ちよさそうだ。それに……とてつもなく…可愛い。無防備で、キスしたくなる。(いやいや待て待て、さすがにそれは起きるだろう。でもその前に。)
そろりそろりとサイドボードの上に手を伸ばす。幸い、スマホはおっぱじめる前に置いた場所にまだあった。
「ん」
ボタンを押してスリープモードを解除。眠る赤毛のでっかい子猫のヒゲ面に照準を合わせて……ボタンに触れる。
『カシャリ』
電子的に合成されたシャッター音。何でこんな音がするのか、今は知らない世代も多かろうが、おじさんとしちゃやっぱりこの音聞かないと落ち着かないのだよ。ただし、盗撮には向かない。(聞かれたかな?)
息を殺してうかがう。
「ん……」
もぞもぞと身じろぎして寝返り。あお向けになって、腕を上げて、肘で目を覆った。まぶしかったらしい。
(おおう!)
息を呑む。肉付きのいい二の腕が。肘が。朝日に白々と輝きながら裏側まで見ほうだい。そう、裏側だ! 表と違って日焼け具合が薄く、美味さ三割増し。さらに腋の下まで拝める特典つき。
このポーズ、見覚えがある。正面から抱きあってやってる時、のしかかる俺から顔を隠そうとして腕を掲げる仕草だ。ごくりと咽が鳴る。毛布がはだけて、胸元まで見えてる。ご多分にも漏れず、そこにもキスマークやら歯形が点々と浮いてる訳だが。
(俺の抱いた体。俺の噛んだ体。俺の子猫。俺の……俺の……)
吸い寄せられるように赤い痕の一つに狙いを定め、シャッターを切った。知らず知らずのうちに歯を食いしばっていた。含んだ時の触感が生々しく歯に。顎に。舌に蘇る。
「離さないよ、子猫ちゃん」
唇からこぼれたつぶやきは、ひどく捩れてしゃがれていた。これが自分の声か? まるでホラー映画の怪物だ。卑しい怪物。独占欲が強くてがっつくことしか知らない……
「へっ」
鼻先で笑い飛ばした。他愛のない暗い想像に飲み込まれるほど青かない。スマホの画面から目線を転じる。V.Iはまだ夢の中だ。一向に起きる気配は無い。俺のささいな(そして物騒な)葛藤など知りもせずに、すやすや寝てる。うっすら開いた唇の何て愛らしいことか。
(そうだ)
ふと沸き起こる悪戯心。なめらかなスマホの画面に指をすべらせた。作業は五分もかからずに終わる。
これぐらいなら、許されるだろう。
※
………朝だ。
気怠い体を引きずり、起き上がる。
本当は、早朝に一度目を覚ましたんだ。意識がはっきりするのと同時に思い出す昨夜のあれこれ。
(俺は……俺は、いったい何をやっちまったんだ!)
考えたくない。痴態をさらして、あいつに媚びて、甘えて! 普段、頭ん中でわめいてることを洗いざらい全部口にしちまった。当然聞かれたろう。いらん所で記憶力がいいんだ、フジイは。
傍らですやすやと寝てる奴の顔を見ていたら……いたたまれなくなって、毛布ひっかぶって、目を閉じた。
(気持ちよさげな顔しやがって、このエロおやじ)
(その顔。俺以外の男に見せたら承知しないからな?)
二度寝の後ってのは、どうにもこう、頭がぼーっとしてる……湿った塩がいっぱいに詰ってるみたいに。うまく働かない頭を無理矢理動かし、スマホに手を伸ばす。今、何時なのか確認したかった。
「む」
着信有り。メールだ。ぼぉっとしたまま、無意識のうちに画面をはじいて表示する、と。
「っっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
画面いっぱいに広がる寝顔。
だれだ、これ。
俺だ!
いつ?
誰が写した!
硬直してると背後から抱きつかれた。
「あ、見たか、それ。いい写真だろー」
即座にひじ鉄。狙い違わず鳩尾に命中。
「ふごぉっ」
フジイは間抜けな声でうめいてひっくり返り、腹をかかえて悶絶してる。見おろし、鼻で笑ってやった。
「ハン! この、変態」
「おっしゃる通りでございます……」
顔が熱い。耳が熱い。俺は今朝、こんな顔して寝てたのか。こんな……ゆったりと、くつろいで、安らいだ顔で。
(知らなかった)
「ヴィヴィちゃん?」
(写真、撮られても起きないくらいに、こいつの隣で安心しきって寝てるのか、俺は)
「ヴィーンセーントー?」
のしっと顎が肩に乗る。ヒゲがちくちくと肌を刺す。手をあげて、鼻先を弾いてやった。
「んぎゅっ」
※
弾かれた鼻を押さえながらほくそ笑む。
それで終わりと思ったろ? どっこい。まだ一枚あるんだよ。俺の秘蔵のフォルダの中に、ね。
(君は知らない)
次に会えるまでの一週間、せめてこいつに寂しさを埋めてもらうとしよう。
「……って、何やってんのヴィヴィちゃん」
いつの間にか彼のスマホがこっちに向けられて……『カシャッ』と乾いた音がする。
「あ」
俺、まだ服着てなかった。
「ちょっ、たんま、たんま、それたんまーっ」
「いい写真だ」
(猫写真/了)
足の指
「知ってるかぁ、V.I」ベッドの中でフジイ アキラは問いかける。
「知るか、変態」赤毛の男が顔をしかめる。この手の質問が飛んで来る時は大抵、ロクでもない事と相場が決まってる。
四十過ぎたガタイの良い中年男が二人、素っ裸で絡み合ってもキングサイズのベッドはビクともしない。そうするためにそこに置かれている。
品の良いスーツ一式と実用一点張りのジャケットとズボン。脱いだそばから手当たり次第、投げ散らかした服が床やベッドの上、椅子の上に引っかかる。靴下やパンツに到ってはもうどっちのものだか判別できない。
「ほんと、君のパンツって面白みがないな」
「そうかよ」
古傷だらけのぶっ太い足から、慣れた手つきで黒いボクサーパンツを抜きつつ発した余計な一言。言い終わる前に足が顔面にめり込んだ。
「うっぷ……容赦ないなぁ子猫ちゃん」
「誰が子猫だ!」
くわっと歯をむき眉をしかめて怒鳴りつけた。それに対する返答が、これだ。
「知ってるかぁ、V.I」
「知るか、変態」
「じゃあ教えるよ」ほくそ笑むフジイの口元で、ほうれい線と皴が深くなる。
「貴様、人の話を聞け」唸った所で柳に風。6フィートを越える身長に90キロの体重、実戦向けの筋肉にみっしり覆われた体は到るところが傷だらけだ。鋭い眼差しでガンつけられれば大抵の人間はビビって逃げ腰、だがこの男は例外だ。むしろ楽しげに顔をほころばせる。
「おいフジイ。聞いてるのか」
「聞いてる」骨張ってはいるが、手入れの行き届いた手。人をもてなし、うやうやしく誘い導くことに慣れた手で足の甲を包み込み、つま先に口づける。
「おまっ、お前、一体何してるっ」有り得ない場所に有り得ない感覚。V.Iの声が上ずり耳と生え際が赤く染まる。
「見てわかるだろ? 君のつま先にキスしてる」
「いちいち言うな!」
「何してるって聞いたのは君じゃあないか」再び親指に唇が触れる。あまつさえ先端を含み、舌で触れた。
「う」
「んん……」髪と同じ赤い眉をしかめてV.Iは首をすくめた。一度閉じた目が再び開かれる。
「そ、それで。何を教えてくれるって?」眉間に皴が刻まれてはいるが、既に息は乱れている。
「なぁに、他愛のない事さ」再度親指に口付けが落ちる。さっきより深く含み、大きな音を立てて引っこ抜く。
「っ、もったいぶる、な!」
「足の指と、性器への刺激ってのは脳みその同じ部分で感じるらしいぜ?」
「なっ」
素っ裸でベッドの中、二人の中年男は無言で見つめあう。一人はほお骨から目の周囲まで赤く染めて。のみならずその周囲にうすい紅色が、じわりと広がる……赤毛の人間特有の、濁りのない白い肌に。右の首筋に走る一際大きな傷跡が、くっきりと赤く浮ぶ。
いま一人は口角をつり上げ、目を細めて東洋人独特の『うっすらと謎めいた』笑みを浮かべている。
いたたまれず、先に沈黙を破ったのは赤毛。
「わけがわからん」
「だぁっから。今俺が君の足の指をこう……」だ液を含ませた舌が人さし指をなめる。
赤毛のV.Iは唇を噛み、うつむく。咽が細かく震える。
「なめたろ? そうすると君は今、性器をなめられたのと同じ刺激を感じてるって訳だ。おわかりか?」
「でたらめ言うな! 全然違う!」
「ほんとに?」直後に中指が含まれる。
唇を尖らせて根元まで飲み込み、ぬるぬるとぬるぬると。柔らかな湿った肉ではさんで上下にしごく。最初はゆっくり、次第に早く。呼応するようにV.Iの息が荒くなる。乱れる。
「ふ……んっ」
「ん……」故意か偶然か、低い声でうめきながらフジイは勢いよく指を唇から抜いた。派手な音と生暖かい飛沫が散る。
「う、あっ」
その瞬間、V.Iの手が。足が。全ての細胞が彼自身を裏切って勝手に反応した。電撃に打たれたように不規則に跳ね上がり、シーツを叩いた。
「おやおや。おかしいね。何で君の身体は、そんなにビクンビクン跳ねてるのかな……まるで釣り上げた魚だ」フジイの声は楽しげに弾んでいる。
「だ、ま……れ……」V.Iは苛立ち、声を荒げた。
「おっ立ってるぜ、ヴィンセント」
不意に呼ばれた本名に、赤毛の男が息を呑む。顔を上げ、不覚にも見てしまったのだ。油をくぐらせたようにぎらつく光を放ち、凝視する褐色の目を。尖らせた唇から赤く染まった舌が飛び出し、口の周囲をなめ回すのを。
「反り返って、腹にくっつきそうじゃないか。四十代の勃ち方じゃないよなぁ」
「お前が言うなぁっ」
「そんなに膨れ上がって、痛くないのかい?」
「うるさいっ、余計なお世話だっ」
「我慢すんなって。抜いてさしあげましょっか? こうして……」濡れた唇が、薬指に迫る。
「よせ、バカっ、やめろぉっ」
ちゅるん。
薬指と小指がもろとも飲み込まれ、舌でねぶりまわされる。
それこそキャンディでもしゃぶるみたいに恋人の足を抱え込み、フジイは一心不乱になめている。唇のすき間からとろとろとだ液がこぼれ、糸を引いて滴る。それでもまだやめない。
「ぁ……あっ、あっ、も、よせ、よせぇっ」
「性的な刺激を感じる場所って意味なら、ケツの穴もそうだよな。ちがうか、ヴィヴィ?」
「そのっ、名前、やめっ、あ、あ、あっ」
V.Iの反応はもはや隠しようがないくらいに『性的』だ。発情した雄特有の生々しいにおいが毛穴からにじんでいる。ひっきりなしに震えわななく右の手のひらで顔をつかみ、こめかみに、顎に、爪を立てる。
「いい声。もっと聞かせて」
「だれがっ」左の人さし指を曲げて口に押し込み、はしたないあえぎをせき止める。
しかし努力も空しく股間のペニスは堂々とそびえ立っていた。彼の恵まれた体格に相応しく、そして人種的な特徴に準じたコーラルピンクの肉の槍。それは触れられてもいないのに小動物のように震え、にじむ先走りでてらてらと濡れていた。
確実に。
確実に。
足の指の刺激が響いていた。
それとも……巧みに誘導する甘い声にだまされて、彼自身が自らを追いつめているのか。
じゅるり。
粘つく卑猥な水音を立て、フジイはようやく恋人の足を解放した。さんざんねぶり回された足の指は濃いロータスピンクに色づき、濡れていた。火照っていた。
「ご希望通り、やめたよ、子猫ちゃん」
「う……く……」V.Iが人さし指を吐き出す。
足の指より幾分薄いピンクに染まった指には、くっきりと彼自身の歯形が捺されている。
潤み、瞳孔の拡大した鳶色の瞳が年上の恋人をにらむ。しかしフジイは知っていた。
次に来るのは(そいつがどんな言葉で構成されていたとしても)おねだりだ。それは本当にシンプルな、ただ一つの事実。
二人の間だけに通じる合言葉。
「この……変態」
「知ってる」
傷跡の浮く、スペイン産のハムみたいにぶっとい筋肉の塊をなで回しながら、フジイは身を乗り出した。
「なぁ、お願いだ。入れてくれよ、子猫ちゃん。俺の『足の指』はさっきっから、君の中に入りたくって……うずうずしてるんだ」
ヴィンセントは歯を食いしばり、顔を背け、そろりと足を広げた。恥じらいに頬を染める乙女のように慎ましく、盛りのついた雄の股間をさしだした。
「……いい子だ」
唇と唇。性器と性器。貪りあい、肉と肉がぶつかる。
雄と雄のからみあう切なげな声が壁に、床に響く。
先に甲高い悲鳴を上げたのは…………。
(足の指/了)
十海
2015-10-16 18:19:08