一方通行(アクセラレータ)がぼーっとしながら、公園で空を仰いでいた。そんな日の出来事である。
恋のはじまりは突然に訪れる。
自分には似合わない、絶対に訪れることはない……なんて、失念だった。
とまあ、その話は後でするとして。
最近、この公園に来てからというもの、思案することが多くなった。
そういえばあんな奴がいたな、とか。
そういえばこんな出来事があったな、とか。
(大半はあの打ち止め(クソガキ)のせいなのだが)思い返せば切りがない。
幼少期の曖昧で苦ったらしい破壊の日々だって、妹達に関する後悔の切れ端だって、あの日偶然ついてきた幼子(ラストオーダー)との八月三十一日の土壇場劇だって……記憶は記憶だ。
新商品の缶コーヒー。大量に買った。そういえば、まだ一口も飲んでなかった。
それをがさがさと袋から手に取り缶を開け、少し飲む。
ここ最近天気がいいので、リハビリがてら毎日ここに来てはいるが……、やはり本がないと落ち着かない。
公園のベンチは座り心地も悪い。しかし体力的にもずっと歩いているわけにもいかないので、休憩を取りながら、このベンチでコーヒーをすするのが日課になっていた。
そんな時。
なにか人物が遠く、遠くではあるが……チラリと目に入ってきた。
なぜか胸騒ぎがする。自分の知り合いなのだろうか? しかしそれが誰なのか。いまいち思い出せない。
頭にもやがかかっているような気がする。
くるりと横顔が見えた時。きれいだな、と率直に思ってしまった。
しかし、よく見ると服装からして男だった。自分に綺麗だとか、可愛いだとか、……そういう感情が果たして存在するのだろうか……とまた思案に吹けようとして……。
しかし、それにしてもなんだか心がざわつくようで……気になる。
だが……何か大切なことを、本当に、大切なことを忘れている気がする。
――それが、あの垣根帝督だとはつゆ知らず――。
一方通行が声をかけようか迷っているうちに、男はどこかへ行ってしまった。
きっと杖をついている身では追い付けないだろう、と諦めたその時。
「おや。こんなところで会うとは奇遇ですね、と、ミサカはオレンジジュースを片手に、にこやかに話しかけます。」
「あン?」
妹達(シスターズ)の一人、一〇〇四六号(いちまんよんじゅうろくごう)が話しかけてきた。
「先日の件ではお世話になりました、と、ミサカはきちんと礼がいえる、よい子であることをアピールします。」
「オマエらみんな同じ顔してっから誰が誰だかわっかンねェンだがよォ……最近助けたってことはアレかァ?やたらでけぇロボに死体突っ込んでたやつらの時の…。」
「はい、そのミサカで間違いないです、と、ピンポンピンポン、花丸大正解をさしあげます。」
「チッ、その喋り方やっぱウゼェな、こンなところに何しに来た?」
「はい、それがですね、特に用事と言うわけではないのですが、と、ミサカは口を濁しながらも、話を始めます。」
曰く、どうやら学園都市内で都市伝説、それも『歩く惚れ薬』とやらが流行っているらしい。その効果は老若男女、誰もが魅了されてしまう人物で、そこから歩く惚れ薬、という名がついたらしい。
「ハッ、バカじゃねえェの。大体そォいう都市伝説なんてよォ、その辺でギャアギャア騒いでるガキどもが暇つぶしでくっちゃべってるうちに、又聞きしたかなンだかで勘違いした奴らによって、なンだかンだで大げさになった、とかそんなオチだろォが。」
「その視点はとても思いつきませんでしたね、と、ミサカはネットワークに共有しつつも……、」
「ンなこと共有せンでいい。」
「失礼しました、と、言いつつもオレンジジュースを飲み干し満足げに話し終えます。」
「ンで?結局何しに来た。」
「ちょうど上位個体とこの辺りで、待ち合わせをしていたところなのですが…もしかしたらその歩く惚れ薬に遭遇して迷子になってしまわれた可能性が高いのです、と、」
「ンだと?」
「ですから、上位個体と連絡がつかないのです。これは緊急事態と言わざるを得ないでしょう、と、ミサカは……あれ?どちらへ行かれるのです?」
「要するにだァ、その歩く惚れ薬とやらを探せばイインだろ?行くぞ。」
「は、はい、と、突然の急展開についていけずも、ミサカはここは勇気を振り絞って追いかけることを決意します。」
しばらく街の中を歩きながら、一方通行は思案する。
「なァンかおかしいンだよなァ。やっぱ大事なコトを見落としてるっつーかよォ……。」
「おかしなこと、とはなんでしょうか、と、ミサカははてなマークを頭の上に浮かべる漫画のような面持ちで返事をします。」
「歩く惚れ薬、だったかァ?普通は能力名だと考えるのが妥当だが……精神干渉せいしんかんしょう系の能力なら、なンで今更こンな大層な都市伝説とやらになってンだ?こンだけ大騒ぎになってりゃ、例の風紀委員ジャッジメントやら、少なくとも警備員アンチスキルは動いてるハズなのによォ、ヤツら、全くそンなトコロが見受けられねェ。」
「確かにそうですね、と、ミサカは頷うなずきながらも……、」(チラッ)
「ハァ……、ジュースなら後で奢おごってやる…。」
「はい……!」
(能力じゃないとすれば…?もしかするとアレかぁ?、またあの死霊術しりょうじゅつかなンかの類か…?っつーことはよォ…)
「オイ」
「はい、なんでしょう」
「MNW(ミサカネットワーク)で超能力以外でなンか能力っぽいことしてるヤツの情報が欲しい、ピックアップしろ」
「いいえ、そうはいわれましても、それがわからないため、こうして歩く惚れ薬について都市伝説が流行って…?あれ?おかしいですね……」
「そうなンだよ、そこがおかしいつってンだ」
何故、これほど大きな正体不明の能力が、ただの都市伝説として定着したのか?
「カンタンだ、能力は分からないが確実に何かをされたという自覚がある、そしてその証拠が残る……まァこれも推測の域を出ねェがな。つーわけだ、さっさとピックアップしろ、都市伝説含めてなァ」
「ハイ」
そこへ。
「あー!白い人!」
「ン?」
「やっぱりそうなんだよ!あくせられーたなんだよ!」
白い修道服をまとった白髪の少女がこちらへ駆けてくる。
「シスター?なにやってンだンだァ?こンなところで……?ン?三下はどうした」
……嫌な予感がする。
「とうまが、とうまがいなくなっちゃたんだよ!一緒に歩いてたら突然走り出していっちゃって、追いかけようとしたら何となく魔術の気配がしたから警戒していたら、そのすきにどこかへ消えちゃったんだよ!」
「いなく……?走り出し……?いやまて、魔術だァ?」
「そうなんだよ!」
この学園都市で、魔術とやらを信じている者はいない。
しかし、一方通行はその片鱗を死霊術やロシアでの出来事で感じてしまっている人物である。
そんなものがあってもおかしくない、とは感じているのだ。
「……そンで?」
「そこからがよくわからないんだよ…だから魔術の気配を辿って探していたところなんだよ!」
「待ってください、その魔術とやらは、もしかすると…あの都市伝説、歩く惚れ薬に関係しているのでは?と、ミサカは推察すいさつを披露してみせます」
「あン?」
「え?」
だとしたら、確かに納得がいく話だ。しかし。
「ソレ、シスターにも効くはずじゃねェか?フツー」
「確かに!でも、なんだかよくわからないんだよ……うーん、普通の人間には関知出来て魔術者にはかからない……そういう類の呪いのような可能性もでてきたんだよ……」
「呪い、ねェ」
「では、ミサカはその呪いとやらに関する情報をピックアップしてみますね、と、言いつつもすでにネットワークから歩く惚れ薬に関する、あちこちの目撃情報を取集しました」
「ッ…!ここから一番近いのはどこだ!」
「こちらです」
歩く惚れ薬。
それは、愛に飢えた者がかかる魔術的呪い。
遠目に見るならば、「綺麗だな」、程度にしか思われない。
しかし、接近した人間を容赦なく惚れさせる呪い。
しかも本人に自覚は無く、急にモテるようになったな、程度にしか思われない呪い。
基本的には魔術者にも気づかれない。
なぜならば、呪いをかけた魔術者自身がかかってしまったり、他の魔術師にその効果を発動させしまうと厄介なことになると想定されているからである。
インデックスがその気配を感じ取れはすれど、効果が発動しないのであれば対処のしようもない。
だから、見つけられない。
一部を除いて。
「ンだこりゃァ……頭が痛ェ…!」
急いで杖を動かしながらも、頭を抑える一方通行。
「……!もしや、歩く惚れ薬にっ…近づいている証拠なのではっ……?と、ミサカはっ……、推測してみせますっ……!」
「しかもッ、なンか、頭に靄もやがかかったみてェな……!感じがすンだよ……!」
そうこうしているうちに。
「あ!いた!」
そこには目を疑うような光景が拡がっていた。
「三下と……垣根……!?」
「あァレ、いンでっクす……?」
禁書目録の指差した視線の先に、ツンツン頭の少年と。
「ん?……って、一方通行……?」
この世にいるはずのない、死んだはずの、……殺したはずの男の姿があった。
垣根帝督。かつて一方通行の前に現れ、学園都市の理事長であるアレイスターの、直接交渉権を手に入れるために襲ってきた男だ。
「しっかりするんだよ!とうま!」
「んー?」
当麻は意識が朦朧としているのか、はたまた自分の世界に入ってしまっているのか……とにかく呼び掛けには曖昧な返事で答えた。
「オイ!」
「しっかりしてください!」
一方通行と一〇〇四六号も、上条に駆け寄る。
(チッ、三下はともかく、なんでコイツがココに居やがる……?しかもさっきより頭は痛ェしよォ……!)
脳の解析をするため能力使用モードに切り替えようと、首元のチョーカーに手を伸ばす。
しかし。
「ぐはッ……!」
ランプが切り替わったとたん、血を吐いた。
「がァっ!ハァッ……、ハァ…………!」
演算すらまともにできない、余計に苦しい感覚が脳を襲う。
「んだよ、人の顔見ていきなり血ぃ吐きやがって……?そんなに俺がここにいるのが珍しいか?」
「かき、ね……!」
どうにか能力使用モードを解除する。頭痛と頭にかかる靄は収まらないが、血を吐き出すような不快感はなくなった。
「どうして……オマエがココに居やがるッ……!」
「さぁな、俺にもよくわからない。目が覚めてその辺歩いてたら、変な奴らにやたらと絡まれるようになった。かと思えば、コイツがインデックス?とやらを知らないか?とか訪ねてくるし……」
「インデックスはッ……、ソコのシスターだッ……」
「ふぅん。ってことはお前ら、こいつらを探してたのか?」
「うーん?たぶん、ソウォウ……」
「とうま……!」
「とりあえずッ……、オマエらはここから離れてろッ……!」
「わかったんだよ!とうま、行くんだよ!」
「うん……」
バタリ、と倒れる上条をどうにか引き摺って、その場を後にするインデックス。
「で、お前らなんでこんなところに来たんだ?」
「オレたちも、ハアッ、人探しだ、コイツの、ちっこいようなやつッ、見なかったか……?」
「ああ、だったらあそこにいるぜ」
「「!」」
垣根が指さす方を見ると、電信柱の影から顔をのぞかせている、打ち止めラストオーダーの姿がそこにはあった。
「あれ!?あなた……?って、どうしてそんなに苦しそうなの!?ってミサカはミサカは驚きの表情を隠せなかったり!」
「上位個体!探しましたよ!」
「ごめんね……!なんだか公園に行く途中、歩いてたらフラフラしちゃって……、気づいたらこの辺にいて、ミサカもミサカもよくわかんないんだけど……、ネットワークにも繋がらないし、焦っちゃてどうしていいかわからなくて……、そしたらこのお兄さん、前に見かけたなーと思って、そーっと近づいて声をかけようか迷ってたところなの……ってミサカはミサカは胸中を吐露してみたり……」
「上位個体……!無事でよかったです……!」
「ハァッ……!クソガキ、心配かけやがって……!」
一方通行の頭痛も少し治まってきた。慣れと言う奴だろうか?まだ靄は晴れないが。
「ご、ごめんなさ……!ってあなたー!やめてー!ミサカの大事なものがとれるー!」
アホ毛をひっぱる。
そうしつつも、一方通行は公園で思案していた時のことを思い出した。
あの横顔は確かに……、垣根帝督そのもので間違いなかった。
なぜ?この自分が、あいつのことを、きれいだな、なんて思った?
頭痛は止まない。靄も晴れない。能力使用モードにすると血を吐いた………。
そういえば、シスターも平然としていたし、一〇〇四六号も平然としている。あの三下はあんなにヘロヘロになっていたというのに。
まさか。
魔術側には効かない。
人間には効く。
じゃあ、魔術を使ったことのある自分は?
そして、コイツは、歩く惚れ薬そのもの……?
まだ確定はしていない。していないが、それでも確かなことがある。
自分があいつに、ほとんど呪い関係なしに、本心からときめいてしまったということ……。
ドキン、ドキンと鼓動こどうが跳はねあがるのを感じる。
一方通行は、それが恋心だと知らない。
自分には関係ないものだと思っているから。
思い込んでいたから。
でも、ここまで現実を突きつけられると、受け入れざるを得ない。
一方通行はそれを受け入れた上で自分の本当の気持ちに気づく。
魔術として効かないはずの自分はなんなのか。
血を吐きながらも、靄がかかったようなあの感覚は何だったのか。
そう、庇護欲にも似たソレは、間違いなく好意であった。
それを自覚してなお、受け入れたくはなかった。
でも実際、彼が打ち止め達を見て笑みを浮かべ、幸せそうにしているのを見ると。
このままがいい。このまま愛し続けたい。
そんな気持ちが込み上げてきた。
打ち止めに対する気持ちとは全く違うもので。
もはや彼は認めざるを得なかった。
恋心を。
「上位個体を見つけたので、それではこれで失礼します。と、頭を下げながらも上位個体をひっぱります」
「はーい!あなた、その感じだとちょっと心配だけど、だいぶ顔色も良くなってきたみたいだし、今日は大事な用事があるの。それに、そのひとがいれば大丈夫な気がする!って、ミサカはミサカはれっつごー!」
「アァ、気を付けろよ……」
「ああそれと。ジュースに関してはもう、大丈夫です。あれはあなたに着いてきていただくための口実ですから。」
「……」
「では」
打ち止めと一〇〇四六号はその場を去っていった。
「つーかお前、大丈夫か?」
「あン……?オマエに心配されるようなことはねェよ……さっさと失せろ」
「そうかよ。まあまた会ったら大事な話があるからその時でいいわ。お大事に」
「うるせェ」
大事な話……?なんだろうか。
というか、こっちだって言いたいことが山ほどある。
だが、どうせそれを言う機会なんて、訪れないだろう……。
もう会うことも無いように、と願いながら。
この気持ちは、胸にしまっておくことにした。
それこそ、墓場まで持っていく覚悟で。
しかし、その日は突然やってきた。
今日もまた、彼はコーヒー片手に思案にふけようとした時。
彼は公園にやってきた。
そして。
「俺と、付き合ってくれ。」
驚いた一方通行は、しかし悪態を全くつかず、自然とそれを受け入れた。
ここで憎まれ口を叩こうものなら、彼も自分もそれこそ本気で後悔し、傷付くのだから。
そして、フッと笑顔を向けられて。
――ああ、敵わないな。
何もかも溶かしてくれるような気がした。
この男になら、自分をさらけだしてもいい。
そうして一方通行は、笑うということを覚えたのだった。
恋のはじまりは突然に訪れる。
自分には似合わない、絶対に訪れることはない……なんて、失念だった。
とまあ、その話は後でするとして。
最近、この公園に来てからというもの、思案することが多くなった。
そういえばあんな奴がいたな、とか。
そういえばこんな出来事があったな、とか。
(大半はあの打ち止め(クソガキ)のせいなのだが)思い返せば切りがない。
幼少期の曖昧で苦ったらしい破壊の日々だって、妹達に関する後悔の切れ端だって、あの日偶然ついてきた幼子(ラストオーダー)との八月三十一日の土壇場劇だって……記憶は記憶だ。
新商品の缶コーヒー。大量に買った。そういえば、まだ一口も飲んでなかった。
それをがさがさと袋から手に取り缶を開け、少し飲む。
ここ最近天気がいいので、リハビリがてら毎日ここに来てはいるが……、やはり本がないと落ち着かない。
公園のベンチは座り心地も悪い。しかし体力的にもずっと歩いているわけにもいかないので、休憩を取りながら、このベンチでコーヒーをすするのが日課になっていた。
そんな時。
なにか人物が遠く、遠くではあるが……チラリと目に入ってきた。
なぜか胸騒ぎがする。自分の知り合いなのだろうか? しかしそれが誰なのか。いまいち思い出せない。
頭にもやがかかっているような気がする。
くるりと横顔が見えた時。きれいだな、と率直に思ってしまった。
しかし、よく見ると服装からして男だった。自分に綺麗だとか、可愛いだとか、……そういう感情が果たして存在するのだろうか……とまた思案に吹けようとして……。
しかし、それにしてもなんだか心がざわつくようで……気になる。
だが……何か大切なことを、本当に、大切なことを忘れている気がする。
――それが、あの垣根帝督だとはつゆ知らず――。
一方通行が声をかけようか迷っているうちに、男はどこかへ行ってしまった。
きっと杖をついている身では追い付けないだろう、と諦めたその時。
「おや。こんなところで会うとは奇遇ですね、と、ミサカはオレンジジュースを片手に、にこやかに話しかけます。」
「あン?」
妹達(シスターズ)の一人、一〇〇四六号(いちまんよんじゅうろくごう)が話しかけてきた。
「先日の件ではお世話になりました、と、ミサカはきちんと礼がいえる、よい子であることをアピールします。」
「オマエらみんな同じ顔してっから誰が誰だかわっかンねェンだがよォ……最近助けたってことはアレかァ?やたらでけぇロボに死体突っ込んでたやつらの時の…。」
「はい、そのミサカで間違いないです、と、ピンポンピンポン、花丸大正解をさしあげます。」
「チッ、その喋り方やっぱウゼェな、こンなところに何しに来た?」
「はい、それがですね、特に用事と言うわけではないのですが、と、ミサカは口を濁しながらも、話を始めます。」
曰く、どうやら学園都市内で都市伝説、それも『歩く惚れ薬』とやらが流行っているらしい。その効果は老若男女、誰もが魅了されてしまう人物で、そこから歩く惚れ薬、という名がついたらしい。
「ハッ、バカじゃねえェの。大体そォいう都市伝説なんてよォ、その辺でギャアギャア騒いでるガキどもが暇つぶしでくっちゃべってるうちに、又聞きしたかなンだかで勘違いした奴らによって、なンだかンだで大げさになった、とかそんなオチだろォが。」
「その視点はとても思いつきませんでしたね、と、ミサカはネットワークに共有しつつも……、」
「ンなこと共有せンでいい。」
「失礼しました、と、言いつつもオレンジジュースを飲み干し満足げに話し終えます。」
「ンで?結局何しに来た。」
「ちょうど上位個体とこの辺りで、待ち合わせをしていたところなのですが…もしかしたらその歩く惚れ薬に遭遇して迷子になってしまわれた可能性が高いのです、と、」
「ンだと?」
「ですから、上位個体と連絡がつかないのです。これは緊急事態と言わざるを得ないでしょう、と、ミサカは……あれ?どちらへ行かれるのです?」
「要するにだァ、その歩く惚れ薬とやらを探せばイインだろ?行くぞ。」
「は、はい、と、突然の急展開についていけずも、ミサカはここは勇気を振り絞って追いかけることを決意します。」
しばらく街の中を歩きながら、一方通行は思案する。
「なァンかおかしいンだよなァ。やっぱ大事なコトを見落としてるっつーかよォ……。」
「おかしなこと、とはなんでしょうか、と、ミサカははてなマークを頭の上に浮かべる漫画のような面持ちで返事をします。」
「歩く惚れ薬、だったかァ?普通は能力名だと考えるのが妥当だが……精神干渉せいしんかんしょう系の能力なら、なンで今更こンな大層な都市伝説とやらになってンだ?こンだけ大騒ぎになってりゃ、例の風紀委員ジャッジメントやら、少なくとも警備員アンチスキルは動いてるハズなのによォ、ヤツら、全くそンなトコロが見受けられねェ。」
「確かにそうですね、と、ミサカは頷うなずきながらも……、」(チラッ)
「ハァ……、ジュースなら後で奢おごってやる…。」
「はい……!」
(能力じゃないとすれば…?もしかするとアレかぁ?、またあの死霊術しりょうじゅつかなンかの類か…?っつーことはよォ…)
「オイ」
「はい、なんでしょう」
「MNW(ミサカネットワーク)で超能力以外でなンか能力っぽいことしてるヤツの情報が欲しい、ピックアップしろ」
「いいえ、そうはいわれましても、それがわからないため、こうして歩く惚れ薬について都市伝説が流行って…?あれ?おかしいですね……」
「そうなンだよ、そこがおかしいつってンだ」
何故、これほど大きな正体不明の能力が、ただの都市伝説として定着したのか?
「カンタンだ、能力は分からないが確実に何かをされたという自覚がある、そしてその証拠が残る……まァこれも推測の域を出ねェがな。つーわけだ、さっさとピックアップしろ、都市伝説含めてなァ」
「ハイ」
そこへ。
「あー!白い人!」
「ン?」
「やっぱりそうなんだよ!あくせられーたなんだよ!」
白い修道服をまとった白髪の少女がこちらへ駆けてくる。
「シスター?なにやってンだンだァ?こンなところで……?ン?三下はどうした」
……嫌な予感がする。
「とうまが、とうまがいなくなっちゃたんだよ!一緒に歩いてたら突然走り出していっちゃって、追いかけようとしたら何となく魔術の気配がしたから警戒していたら、そのすきにどこかへ消えちゃったんだよ!」
「いなく……?走り出し……?いやまて、魔術だァ?」
「そうなんだよ!」
この学園都市で、魔術とやらを信じている者はいない。
しかし、一方通行はその片鱗を死霊術やロシアでの出来事で感じてしまっている人物である。
そんなものがあってもおかしくない、とは感じているのだ。
「……そンで?」
「そこからがよくわからないんだよ…だから魔術の気配を辿って探していたところなんだよ!」
「待ってください、その魔術とやらは、もしかすると…あの都市伝説、歩く惚れ薬に関係しているのでは?と、ミサカは推察すいさつを披露してみせます」
「あン?」
「え?」
だとしたら、確かに納得がいく話だ。しかし。
「ソレ、シスターにも効くはずじゃねェか?フツー」
「確かに!でも、なんだかよくわからないんだよ……うーん、普通の人間には関知出来て魔術者にはかからない……そういう類の呪いのような可能性もでてきたんだよ……」
「呪い、ねェ」
「では、ミサカはその呪いとやらに関する情報をピックアップしてみますね、と、言いつつもすでにネットワークから歩く惚れ薬に関する、あちこちの目撃情報を取集しました」
「ッ…!ここから一番近いのはどこだ!」
「こちらです」
歩く惚れ薬。
それは、愛に飢えた者がかかる魔術的呪い。
遠目に見るならば、「綺麗だな」、程度にしか思われない。
しかし、接近した人間を容赦なく惚れさせる呪い。
しかも本人に自覚は無く、急にモテるようになったな、程度にしか思われない呪い。
基本的には魔術者にも気づかれない。
なぜならば、呪いをかけた魔術者自身がかかってしまったり、他の魔術師にその効果を発動させしまうと厄介なことになると想定されているからである。
インデックスがその気配を感じ取れはすれど、効果が発動しないのであれば対処のしようもない。
だから、見つけられない。
一部を除いて。
「ンだこりゃァ……頭が痛ェ…!」
急いで杖を動かしながらも、頭を抑える一方通行。
「……!もしや、歩く惚れ薬にっ…近づいている証拠なのではっ……?と、ミサカはっ……、推測してみせますっ……!」
「しかもッ、なンか、頭に靄もやがかかったみてェな……!感じがすンだよ……!」
そうこうしているうちに。
「あ!いた!」
そこには目を疑うような光景が拡がっていた。
「三下と……垣根……!?」
「あァレ、いンでっクす……?」
禁書目録の指差した視線の先に、ツンツン頭の少年と。
「ん?……って、一方通行……?」
この世にいるはずのない、死んだはずの、……殺したはずの男の姿があった。
垣根帝督。かつて一方通行の前に現れ、学園都市の理事長であるアレイスターの、直接交渉権を手に入れるために襲ってきた男だ。
「しっかりするんだよ!とうま!」
「んー?」
当麻は意識が朦朧としているのか、はたまた自分の世界に入ってしまっているのか……とにかく呼び掛けには曖昧な返事で答えた。
「オイ!」
「しっかりしてください!」
一方通行と一〇〇四六号も、上条に駆け寄る。
(チッ、三下はともかく、なんでコイツがココに居やがる……?しかもさっきより頭は痛ェしよォ……!)
脳の解析をするため能力使用モードに切り替えようと、首元のチョーカーに手を伸ばす。
しかし。
「ぐはッ……!」
ランプが切り替わったとたん、血を吐いた。
「がァっ!ハァッ……、ハァ…………!」
演算すらまともにできない、余計に苦しい感覚が脳を襲う。
「んだよ、人の顔見ていきなり血ぃ吐きやがって……?そんなに俺がここにいるのが珍しいか?」
「かき、ね……!」
どうにか能力使用モードを解除する。頭痛と頭にかかる靄は収まらないが、血を吐き出すような不快感はなくなった。
「どうして……オマエがココに居やがるッ……!」
「さぁな、俺にもよくわからない。目が覚めてその辺歩いてたら、変な奴らにやたらと絡まれるようになった。かと思えば、コイツがインデックス?とやらを知らないか?とか訪ねてくるし……」
「インデックスはッ……、ソコのシスターだッ……」
「ふぅん。ってことはお前ら、こいつらを探してたのか?」
「うーん?たぶん、ソウォウ……」
「とうま……!」
「とりあえずッ……、オマエらはここから離れてろッ……!」
「わかったんだよ!とうま、行くんだよ!」
「うん……」
バタリ、と倒れる上条をどうにか引き摺って、その場を後にするインデックス。
「で、お前らなんでこんなところに来たんだ?」
「オレたちも、ハアッ、人探しだ、コイツの、ちっこいようなやつッ、見なかったか……?」
「ああ、だったらあそこにいるぜ」
「「!」」
垣根が指さす方を見ると、電信柱の影から顔をのぞかせている、打ち止めラストオーダーの姿がそこにはあった。
「あれ!?あなた……?って、どうしてそんなに苦しそうなの!?ってミサカはミサカは驚きの表情を隠せなかったり!」
「上位個体!探しましたよ!」
「ごめんね……!なんだか公園に行く途中、歩いてたらフラフラしちゃって……、気づいたらこの辺にいて、ミサカもミサカもよくわかんないんだけど……、ネットワークにも繋がらないし、焦っちゃてどうしていいかわからなくて……、そしたらこのお兄さん、前に見かけたなーと思って、そーっと近づいて声をかけようか迷ってたところなの……ってミサカはミサカは胸中を吐露してみたり……」
「上位個体……!無事でよかったです……!」
「ハァッ……!クソガキ、心配かけやがって……!」
一方通行の頭痛も少し治まってきた。慣れと言う奴だろうか?まだ靄は晴れないが。
「ご、ごめんなさ……!ってあなたー!やめてー!ミサカの大事なものがとれるー!」
アホ毛をひっぱる。
そうしつつも、一方通行は公園で思案していた時のことを思い出した。
あの横顔は確かに……、垣根帝督そのもので間違いなかった。
なぜ?この自分が、あいつのことを、きれいだな、なんて思った?
頭痛は止まない。靄も晴れない。能力使用モードにすると血を吐いた………。
そういえば、シスターも平然としていたし、一〇〇四六号も平然としている。あの三下はあんなにヘロヘロになっていたというのに。
まさか。
魔術側には効かない。
人間には効く。
じゃあ、魔術を使ったことのある自分は?
そして、コイツは、歩く惚れ薬そのもの……?
まだ確定はしていない。していないが、それでも確かなことがある。
自分があいつに、ほとんど呪い関係なしに、本心からときめいてしまったということ……。
ドキン、ドキンと鼓動こどうが跳はねあがるのを感じる。
一方通行は、それが恋心だと知らない。
自分には関係ないものだと思っているから。
思い込んでいたから。
でも、ここまで現実を突きつけられると、受け入れざるを得ない。
一方通行はそれを受け入れた上で自分の本当の気持ちに気づく。
魔術として効かないはずの自分はなんなのか。
血を吐きながらも、靄がかかったようなあの感覚は何だったのか。
そう、庇護欲にも似たソレは、間違いなく好意であった。
それを自覚してなお、受け入れたくはなかった。
でも実際、彼が打ち止め達を見て笑みを浮かべ、幸せそうにしているのを見ると。
このままがいい。このまま愛し続けたい。
そんな気持ちが込み上げてきた。
打ち止めに対する気持ちとは全く違うもので。
もはや彼は認めざるを得なかった。
恋心を。
「上位個体を見つけたので、それではこれで失礼します。と、頭を下げながらも上位個体をひっぱります」
「はーい!あなた、その感じだとちょっと心配だけど、だいぶ顔色も良くなってきたみたいだし、今日は大事な用事があるの。それに、そのひとがいれば大丈夫な気がする!って、ミサカはミサカはれっつごー!」
「アァ、気を付けろよ……」
「ああそれと。ジュースに関してはもう、大丈夫です。あれはあなたに着いてきていただくための口実ですから。」
「……」
「では」
打ち止めと一〇〇四六号はその場を去っていった。
「つーかお前、大丈夫か?」
「あン……?オマエに心配されるようなことはねェよ……さっさと失せろ」
「そうかよ。まあまた会ったら大事な話があるからその時でいいわ。お大事に」
「うるせェ」
大事な話……?なんだろうか。
というか、こっちだって言いたいことが山ほどある。
だが、どうせそれを言う機会なんて、訪れないだろう……。
もう会うことも無いように、と願いながら。
この気持ちは、胸にしまっておくことにした。
それこそ、墓場まで持っていく覚悟で。
しかし、その日は突然やってきた。
今日もまた、彼はコーヒー片手に思案にふけようとした時。
彼は公園にやってきた。
そして。
「俺と、付き合ってくれ。」
驚いた一方通行は、しかし悪態を全くつかず、自然とそれを受け入れた。
ここで憎まれ口を叩こうものなら、彼も自分もそれこそ本気で後悔し、傷付くのだから。
そして、フッと笑顔を向けられて。
――ああ、敵わないな。
何もかも溶かしてくれるような気がした。
この男になら、自分をさらけだしてもいい。
そうして一方通行は、笑うということを覚えたのだった。